インクルーシブな学校のエッセンス②
オーストラリアに住むケンタくんのお母さんからまた連絡をもらいました(以前のケンタくんの記事はこちら。インクルーシブな学校のエッセンス)。
なんとケンタくんが学校で表彰されたようです。
本人は嬉しすぎて泣きそうになっていたとのこと(笑)
どんな賞だったのか、中身を見せてもらいました。

“Awarded to (Kenta) for your growing confidence in literacy.”
「読み書きにおいて自信が高まっていることに対してケンタに賞を与えます」
「自信が高まっている」…
独特な表現やな~
「読み書きができた」とか「自信がついた」とかじゃないんだ。
また賞について先生からのコメントがあったようです。
“Kenta was brave enough to ask a teacher to slow down so he could catch up. Him doing this was a huge step out of his comfort zone and I was so proud of him.“
課題をやり遂げるために先生に「もう少しゆっくりして」と先生に伝えられたことが評価されています。
もう少し見てみると、先生にお願いをするということが、彼の安心できる空間から大きく一歩踏み出せた出来事だったようです。
先生にお願いできたから、自信を持てたという賞になるのか!
いや~、その発想はなかったな~。
私がこの賞に驚いたことは、「自信が高まっている」という「プロセス的表現」を使っていることです。
私が馴染んでいるのは、「読み書きができた」「自信がついた」という「成果」で評価することなので、「読み書きができた」「自信がついた」という「成果的表現」ならしっくりきます。ですがケンタくんの賞の場合は違います。英語では「for your growing confidence」、直訳すると「あなたの高まっている自信に対して」という記述があります。前よりも自信が高まってきて、これからも自信が高まっていく余地があり、今まさに自信がついていく途中ですよ、と伝えるような「プロセス的表現」を使っているなぁと思いました。もちろんこれは英語と日本語の使い方やニュアンスの違いなのかもしれません。ただここで言いたいのは、こういうプロセス的な教育観というのは、子どもが変わろうとする姿に着目できる見方だなと思います(いわゆる発達保障的教育観にも通ずるところがあるでしょう)。
さらに具体的な例で考えてみましょう。ケンタくんは授業に追い付かないために、先生に「ゆっくりして」とお願いしました。私だったら「自信がないから先生に聞いているんだ」と見てしまうかもしれません。しかし学校の先生は違いました。先生に聞けたということは、これまでの快適空間から自分で一歩挑戦できたことだと捉えています。どちらの見方も間違いではないと思います。「先生に聞く」のは(まだ十分に)「自信がない」ことですし、一方で(少し)「自信がある」とも言えます。ただし、どちらに比重を置くかで関わり方が変わるだろうなぁと思います。成果的に評価していくと「読み書きにはまだ自信がない」として、自信が出るような読み書き支援を考えるかもしれません。一方で今回プロセス的教育観で見た時に、自信のないケンタくんのままではなく、プロセス的に少しずつ変わりゆく姿を捉えて、「自信が出てきている」と前向きに評価されたんだろうと思います。ケンタくんの泣きそうなくらい嬉しそうな様子から見ても、彼の思いに応えた賞だったように思います。(ケンタくんが日本にいた時に、支援会議などで「視覚が優位。聴覚は敏感。特性は…」とケンタくんを細分化してつらつらと話し合っていましたが、そもそもの教育観の比重の置き方をちょっと変えてみるということが話し合われるべきことだったんじゃないかと自己反省も含めて思った次第です。)
年末にケンタくんが日本に帰ってくることが決まったそうです。
久しぶりに会えると思うと、楽しみだなぁ~
(りょうた)

