チガウけどオナジ

 教室を覗くと、ストカールさんが先生とじゃれ合ってました。

 「はい、じゃあ次の授業に行くよ」と先生が声をかけると、ストカールさんはニヤニヤしながら

 「ヤダです~。ヤダです~」。

 敬語を使っている!しかも「イヤです」ではなく、「ヤダです」というのがまたイイです。

 言葉遣いの変化を感じながら、休憩時間になりました。

 いつものようにストカールさんに、

「まえおか!外に行くぞ!」と呼ばれました。

 するとそれを聞いた友達が

「まえおか『先生』でしょ!?」と指摘をしました。

 ストカールさんはとても真面目な顔で、こう説明してくれました。

「『まえおか』も『まえおか先生』も同じだし!!!」

 まあ、確かに(笑)・・・。

 そしてなんか深いこと言いよるな。

 先生という言葉があってもなくても、同じ「まえおか」という人であるという重大な真実を明らかにしたのでしょう。

 でもストカール兄さん。そんな真面目に言い返すことじゃあねえっす。

 放課後、私が先生と話をしている時に、興味深いエピソードを聞きました。

 先生は支援級を誰でも来れるオープンな空間にしようと様々なことを試してきました。最近教室にけん玉を置くことを思いついたようで、ストカールさんと一緒に器具庫にけん玉を取りに行きました。すると、けん玉やコマがひもでグルグル巻きにされて、大きなヌンチャクのような状態で見つかりました。単に雑多にしまってあったかのように思われますが、そうではありません。ストカールさんが意図的に作った物だったのです。

 時を遡ること去年の12月。学習発表会終わりから一気に調子を崩し始め、ストカールさんは常にイライラしていました。手には掃除用のほうきや鉄パイプなどの武器を持ち、渾身の力で振り回して威嚇するような行動を見せていました。グルグル巻きヌンチャクも武器の1つでした。これらの武器はストカールさんにとって、触れただけですぐ壊れそうな心を必死に守るための砦でした。

 しかし周りの人から見ると、振り回している物に当たったら怪我をするのは目に見えており、何をしでかすか分からないという不安がありました。なのでストカールさんが廊下に出ると道が空き、腫れ物に触るような目線を向けられていたそうです。先生は当時の彼の様子を「オオカミみたいだった」と表現しています。他の人を寄せ付けまいと武器で自分を守り、周りも腫れ物扱いで距離を取らざるをえず、ストカールさんはまさに一匹オオカミ状態だったのでしょう。それでもストカールさんの胸に秘めた思いを理解しようと、当時の先生や友達が一生懸命に関わり続けてきたこともあって、心の警戒が解けて自ら武器を手放していったのです。

 きつくひもで縛られたヌンチャクは、当時の面影を残し、ストカールさんの目の前に現れたのです。

 ストカールさんはポツリと呟きました。

「俺がやったやつだ…。俺がおかしかった時のだ。すごいイライラしてた時のだ。」

 自分のことを自分で語り始めた瞬間でした。

 イライラしていた過去と落ち着いている今は違います。しかし過去も今も、同じ自分だったというつながりが見えてきた時に、今の自分が過去の自分を語る(振り返る)ことができるのでしょう。ヌンチャク状態になった遊び道具を見たことも、「おかしかった」「イライラしてた」過去の自分が感じられ、それが言葉となって出てきたんだろうと思います。

 呼び名は違うけど同じまえおか。過去と今は違うけど同じ自分。

 「チガウけどオナジ」世界。

 ストカールさんの成長を感じつつ、成長までの歩みもしみじみと感じました。

(りょうた)

ほどきにもまた冬がやってきました。

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