手紙
ほどきのとっとを応援してくださっている方から,今日とても嬉しい手紙をいただきました。高ぶった気持ちのまま勢いで電話をした時に,ご本人に掲載許可をいただきましたので,シェアしたいと思います。
拝啓 七夕の笹飾りに夏の気配を感じる頃になりました。
この度は,ほどきのとっとの開業 おめでとうございます。
皆様,慌ただしい日々を送られていることと存じます。
はじめにコンセプトを聞いたとき,直感的に「いい!」と確信しました。
第一に「ほどく」という考え方。絡まった糸を切ってしまって別の糸に変えるのではなく,いったんほどく。
「それは古い,今はこれだ」「それは間違い,本当はこうだ」と否定の上に解決の方法を見出すのではなく,
いい塩梅を探す感じ。
ほどいた糸を別の糸に変えても,結び直してもいい。
否定しない寛容さと何度でもやり直せばいいと気持ちが軽くなる感じがあって,そうした態度は真摯そのもの。
必要としている人はきっとたくさんいると思いました。
もう一つ。建て物内を案内してもらったときの「わくわく感」と一言で説明できない「いろいろ感」。
子どもはもちろん大人にとってもわくわくしたりいろいろできそうだと感じられることが大切だと思います。
その二つがあると 何かしたくなったり,何かができそうだ(と)自信が持てたりするのではないかと思います。
また,「ここは〇○する場所」と限定せず「〇○もできるし,〇○だってできるかもしれない場所」という感じが
”ほどく”場としてぴったりだと思いました。
こうした場を作り上げた良汰さん,すごい!!
今後思い通りにいかないこともたくさんあるんだろうと思います。
でもそれは,安直に「解決」してしまうんではなくて真摯に向き合っている証。
そのスタンスでいられれば,絶対に成功します。大丈夫です。
と,ちょっと偉そうに指南している風ですが,自分で何かを始めようとする人は大尊敬です。
本当に素晴らしい。
応援しています!
敬具
手紙を読んでみて
こんなあたたかい手書きの手紙をいただいて感無量です。。。
この手紙は,私が気づいていないほどきのとっとの意味を教えてくれているように思います。
1つ目の「ほどく」について。そうなんですよね~。本当にしんどいことって,いろんなことが複雑に絡まり合って,すぐに解決策が出せないんですよね。どうしようもない状況だからこそ,断定や否定の積み重ねの上に解決策を見つけるのではなく,「わからんね」と一緒に悩んで考え続けること自体が,事態を好転するきっかけになるんだろうと思います。たぶん「ほどく」ということは,人を責めて絶対的な正解を求めるのではなく,子ども自身や保護者,学校の先生,ほどきのとっとを含めたそれぞれの人の思いを辿ってみることであり,そしてある意味ゆとりを持って「あ~でもないね,こ~でもないね」と考えをあちこちに巡らすことなんだろうと思います。絡まった糸をすぐに切ったり別の糸に変えずに,ひとまずほどいてみるのは,そんなことを大切にしたいからなんだなと気づかされました。
2つ目の「わくわく感」と「いろいろ感」。言葉がいいですね!何かを「させられる」経験を積みすぎてしまい,しんどくなった子ども達にとって,「やってみたい!」という主体性を持ってもらうことは,自分らしさを取り戻していく過程で大切なことだと思います。ある研究者の方が,主体性の根っこには「期待」があるということを述べています。「次は何があるのかな?」という期待感を持ってもらうことが,子どもが主体性を発揮することにつながりますし,期待感を生み出す仕掛けとしてほどきのとっとには,「わくわく感」と「いろいろ感」があるように思います。実際,医療機関で「新しい場面で強い不安を感じる」と言われた子どもが,ほどきのとっとに来てみると,初めてとは思えないほど楽しく活動したり,家以外の建物に入れなかった子どもが,ほどきのとっとには入れるということがありました。「わくわく感」と「いろいろ感」が活動を限定させる場ではなく,活動を広げよう(ほどこう)としている場の表れであり,活動をほどくことが結果として子どもの不安もほどいていくんだろうと思います。
もう1つ手紙には,「大人にとってもわくわくしたりいろいろできそうだと感じられる」と書かれてあり,鋭いなあと思いました。子どものしんどさは子どもだけが抱えているものではなく,保護者も抱えているものです。そして,ほどきのとっとのスタッフ自身のしんどさとも,遠くないところでつながっていることだと思います。だからこそ,子どもだけでなく大人も「お!おもろそう!」と思ってもらえることが,それぞれの人達が自分自身のしんどさをほどくことになることを願っています。
優しくも温かみのある文章を読ませてもらい,また今日から頑張ろうと思えたのです。
(りょうた)

