主体性の話①
アニメ好きな子ども達が集まる時間帯が、ほどきにはあります。年齢層は様々ですが、多くは中学生以上です。彼らは定期的に「アニメカフェ」という活動をしていて、子ども達とスタッフの中で、お客さんや店員さんの役に分かれて、お菓子やジュースをつまみながらカラオケを楽しみます。アニメカフェの回数を重ねるごとに、子ども達から「同じことの繰り返しだけぇ、もっとたくさんの人を呼びたい!」という声が上がってきたのです。
そこで、アニメカフェを少し拡大した夏祭り、題して「夏アニ祭り」をすることになりました。拡大すると言っても、初めての試みということもあり、たくさんのお客さんが来ると準備や対応が難しくなるので、ほどきに来ている一部の人達に限定することにしました。1ヶ月半の準備期間を経て、つい先日夏アニ祭りが開催されました。会場では、かき氷やフルーツポンチが食べられ、アニメに関するクイズラリーやカラオケスペースがあり、お客さんが楽しめる仕掛けがたくさん用意されていました。
当日は準備から運営、片付けまで、ドタバタな感じはありましたが、なんとか無事終えることができました。その中でいくつか気づいたことを、ここにまとめておこうと思います。
主体となる子ども
まず何よりも、子ども達の主体性が、いつも以上に発揮されているように感じられました。
これまで、子ども達はパソコンやタブレットをつつきながら、アニメの動画や画像に目が釘付けになることが多かったのです。しかし、夏アニ祭りに向けて、イベント企画をこれでもかというほど提案したり、家でお客さん用のチケットを何百枚も手作りして持ってきてくれたりしました。また自分の仕事だけに関心を向けていた子が、周りの状況を見て「受付の準備はできたかな?」と自ら確認しに行く様子までありました。さらに人前で全く歌えなかった子が、当日のカラオケの時間に、知らない人が周りにいても声を出して歌っていたのです。アニメに夢中になっていく意識も大切にしていたのですが、アニメを媒介として意識が外へ外へと向かっていったのは、子ども達が見せてくれた大きな変化でした。当日は、お客さんを相手に緊張して黙ってしまう時もありましたが、それまでの過程で、すでに主体性が随所に見受けられました。
スタッフの迷い
ただ、子ども達が主体的になるために、スタッフがどこまで介入するかという問題は、とりわけ悩んだところでした。いつもの活動であるアニメカフェであれば、準備物はほどきにあるものを使い、よく知っている人同士でこじんまりとするので、用意をするものは少なくて済みます。アニメカフェの日時も、したいと思えるタイミングでするような緩い枠組みでした。それに伴って、ある程度子どもに任せつつ、スタッフからの段取りや声掛けも比較的緩やかでした。
しかし夏アニ祭りは、いつどんな催し物をするか事前に告知を行い、それを楽しみにして、少なくない数のお客さんがやってきます。お客さんの期待を考えると、十分な状態でなくても、せめて催し物はできるようにしようと、スタッフはスケジュールの組み立てや物品購入などの下準備を行いました。「かき氷の準備ができませんでした!すみませんでしたぁ!」というサプライズもあり得ないことはないですが…、少なくとも事前にお知らせした内容が用意しようという流れになっていました。
スタッフが祭りに向けて動けば動くほど、「あれ?これでいいのか?」と思ってしまいます。子ども達が自分達で考えて作り上げるという子どもの主体性を奪ってしまってはいないだろうか?と心配になるのです。そこで子ども達の考えを聞き、例えば好きなアニメの画像を貼り付けた、店員さんのオリジナル名札を作る案が出てきます。「良いアイデアじゃん!」とウキウキしながら子ども達と作ります。しかしふと、「あれ?これでいいのか?」。心の中で同じ声が響いてきます。「これで間に合うのか?飲食の計画は全然できてないけど…」。スタッフは不安に駆られます。再び、準備工程を確認し、子ども達に伝えて、計画を進めていきますが、「やることいっぱい言われて、子ども達はイヤにならないだろうか」と気になってしまいます。不安のループは、当日まで続いていきます。
(次回へ続きます・・・)
(りょうた)



