バドミントンとスリッパ ー「普通」と安心ー
今年度も終わり。
活動に必要なものを買おう。
どんなものが必要だろう?
こうやって買う物を考えていると、バドミントンをしていた時にラケットが足りなかった時のことをよく思い出します。
中学生4人とスタッフ2人の6人でバドミントンをしようということになりました。
使えるラケットは5つ。
1人だけできません。
5人で交代しながら使おうか?
いや、せっかくだから6人でしたい。
どうしようか。
するとスタッフが何か閃いたようで家の中に何かを取りに行きました。
持ってきたのは、、、スリッパです。
「えー!(笑)スリッパ〜!?打てるのー!?」
全員がそんなリアクションでした。
でもなんだかおもしろそう。
3対3のチーム戦。
ラケット5本とスリッパ1足の片方。
腰を少し落とし、右手にスリッパを構え、目線はまっすぐ羽を見つめます。
いたって真面目。
真面目にスリッパ。
予想通り当てにくいし、羽が飛びにくいし、扱いは難しそうです。
スリッパを持っているチームが明らかに不利なんです。
でもスリッパでうまく返して点を取っちゃうこともあり、
「よっしゃああああ!」
周りは、
「うそ~!そんなんあり?笑」
バドミントンでスリッパというおかしさとスリッパで点を取ってしまったというすごさ。
すると今度はラケットを持っていた子が、せんべいが入っていた缶を持ち込んできました。
これも大きくて四角いから持ちにくいし、スリッパよりも羽は飛びません。
それでも鈍い音を出しながら「うぉりゃああい」と頑張って返し、点を取ると盛り上がります。
ラケットでもスリッパでもせんべいの缶でも同じ1点なのは変わりありませんが、それぞれ1点の意味合いや重みが全然違ってきます。
異質さが歓迎され、「上手―下手」の境界が曖昧になる時、場の居心地や風通しが良くなっているような気がします。
いつもの日常に「普通」じゃないものを入れてみる。「普通」じゃないものの良さに誰かが気づける場を用意する。誰かの「普通」がほどかれ、ホッと楽になる。来年度もそんな場にしていきたい。
「普通」を学ぶことも、時には必要かもしれない。ただ「普通」から外れたところにこそ、自分の心をチラチラ見せられるくらいの安心感が生まれやすいだろうとも思う。
(りょうた)

