「私、失敗しないので。」

ほどきのとっとに通う彼はテレビドラマが好きで、よく登場人物のものまねをしています。

ある日、彼はドラマ『ドクターX』に登場する外科医・大門未知子になりきっていました。

両手を胸元に挙げ、「手術をはじめる!」と堂々と闊歩し、私の前にやってきました。彼は立ち止まると、あの名台詞を吐き捨てました。

「私、失敗しないので!」

ドラマを見たことがない私でも知っている!絶対に手術を失敗しないという医者の、自信たっぷりのこの言葉。

おもしろいわ~と私が笑っていると、彼は私の両手を握り、ぶんぶん振り回しながら笑顔で言いました。

「失敗せん人なんかおるわけないがなあ?」

その言葉を聞いた私の中に、なんだかふわぁっと温かい感情が湧き出てきました。

「だでな!そんな人おらんでな!」と私も彼の手をぶんぶんして共感を伝えました。

「失敗しないので。」って言いきっちゃう大門はかっこいい。憧れちゃう。

「失敗しない」=「いつも完璧」ということ。完璧なものを人間は求めてしまう傾向がある(神様とか)。

「失敗しない」・「完璧」はかっこいいし、すごいし、いいことなのかもしれない。

でも、だからと言って、「失敗してはいけない」「いつも完璧にしなきゃいけない」という価値観を持っていると、失敗する度に落ち込んで、自分を責めて、苦しくなってしまう。

私が今まで会った子ども達の中にも、失敗することを過度に恐れて身動きが取れなくなってしまう子達が何人かいました。気心知れた人と少人数で活動している時は、自分で思いついたことをいろいろやってみたり、ふざけてみたりして楽しそうなのに、教室など大人数の場や親しくない人の側に行くと、口数が減り、緊張して動けなくなるのです。本当はおしゃべりなのに質問されても答えられない、絵が好きなのに図工の授業で何も描けない子もいました。「失敗したら笑われるんじゃないか、怒られるんじゃないか」という不安が、その子達をガチガチに固めてしまっているようでした。

子ども達がそんな風に思ってしまうようになったのはどうしてでしょう。失敗してクラスメイトに笑われたのかもしれない。間違ったことをして怒られている人を見たのかもしれない。もちろん、そういった出来事から学習し、「こういうことはしたらダメなんだ」と自分の行いを正そうとするのはよいことです。ただ、笑わなくていいところで笑われたり、怒らなくていいのに怒られたりすると、ダメじゃないことまでダメだと思い込み、どんどん行動が制限され、苦しくなってしまいます。

子どもは身近な大人の価値観を内面化して成長していきます。大人の中に窮屈な「こうあるべき」があると、子どもも「そういうもんだ」と思って頑張ろうとします。子どもが苦しくならないために、まずは大人が自分自身の窮屈な価値観を変えていくことが必要なんじゃないかと思います。

かく言う私も「失敗してはいけない」と思って自分を責めがちな人間の一人です。些細なミスでも「なんで私が!自分が信じられない!」と内心慌てふためき、「またやってしまったー」と落ち込みます。だから、彼に「失敗せん人なんかおるわけないがなあ?」と言われたとき、「失敗してもいいじゃん」と慰められたような気持ちになりました。そして、彼からそんな言葉が出てきたのは、彼の周りにいる人達が「失敗してもいい」というメッセージを彼に伝えてきたからなんだろうな、そんな人に私もなりたいな、と思ったのでした。

(あいら)

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